見積もりを超えたのは、誰の1枚か
選手の名前がついた品の値段を、二つに分けて調べました。ひとつは、競りで実際についた値段。もうひとつは、店で買う新品の値段。時間をかけて上がった、と言えるのは片方だけです。
2026年9月5日 · 読みものは日本語だけです · PR この記事にはAmazon・楽天市場の検索結果への広告リンクが含まれます
試合が終わって、シャツが洗濯かごに入ったあと。この記事が扱うのは、そこから先です。
私は用具係です。二十年、他人のユニフォームを洗って畳んできました(という設定で書いています)。値段の話は、いまも苦手です。私が相手にしてきたのは明日また着るシャツで、値札のついたシャツではありませんでした。それでも今回は数えました。理由は最後に書きます。
まず断っておきます。「値上がりしている」と言えるのは、この記事の後半だけです。 前半の順位は、値段が時間をかけて上がったという話ではありません。ある一日に、値付けをした人の予想を、実際の入札がどれだけ追い越したか の順位です。似ていますが、別の話です。
この順位は、何の順位か
使ったのは、ソザビーズのサッカー専門のセール「The Beautiful Game」です。ニューヨーク、オンラインでの入札、締切は2026年7月16日 。全58点のうち、結果が公開されている48点 を見ました(残り10点は一覧に出ません)。
順位は「入札額 ÷ 事前の見積もりの下限 」の大きい順です。同じ日・同じ売り方の中の比較なので、品どうしを並べても意味があります。並べたのは、出品名に試合のシャツ(Match Worn Shirt/Match Shirt)とある品で、見積もりが公開されている11点 です。見積もりの無い決勝のシャツは参考として別に置き、カード・切符・冊子・サイン入りの紙ものは順位に入れず、あとで見ます。
数字は三つあります。混ぜないでください。見積もり =売る側が事前に出した予想の幅。入札額 =競り落ちた金額そのもの。手数料込みの総額 =買った人が実際に払う額。手数料の率は金額の段で変わります。結果が公開されている48点のうち47点は入札額のちょうど1.28倍で、桁がひとつ大きい最上位の1点だけが1.22倍でした。見積もりには手数料が入っていないので、比べるのは見積もりと入札額 です。順位の計算はこちらで行いました。金額はドルのまま書きます(為替の出どころを持っていないので、円に直しません)。
1位 — アンドレス・イニエスタ/2018年ワールドカップ・スペイン
見積もり 20,000〜30,000ドル / 入札額 32,000ドル (手数料込み40,960ドル)/ 入札 50件 / 下限の 1.60倍
グループステージで着た1枚です。決勝でも、代表引退の試合でもありません。それでも、シャツの中でこの日いちばん予想を追い越したのはこれでした。値付けをした人が「2万から3万」と見た品に、五十回の入札が入っています。48点全体で見ても、同じ1.60倍で肩を並べたのは、ペレがサインした1958年6月29日付の新聞1部だけでした(見積もり500〜1,000ドルに、入札額800ドル)。シャツと新聞が同率の首位というのは、私には少し愉快でした。
私はこういう結果を見ると、買い手の顔を想像します。この1枚に手を挙げたのは、決勝の記念品を欲しがる人より、あの大会を初戦から見ていた人だったのではないか。相場ではなく記憶で値段を決めた人たちが、五十回。そう考えると、この数がしっくりきます。
出品ページ(Sotheby's) ↗
2位 — フアン・セバスティアン・ベロン/1998年ワールドカップ・アルゼンチン
見積もり 6,000〜8,000ドル / 入札額 9,500ドル (手数料込み12,160ドル)/ 入札 45件 / 下限の 1.58倍
ラウンド16、アルゼンチン対イングランドの1枚です。金額の桁は上位の中でいちばん小さい。けれど、順位を決めているのは桁ではありません。 「この試合の、この選手の」と言われて手が伸びた人たちが、四十五回で見積もりの倍近くまで積み上げました。
細かいことをひとつ。この品のページのアドレスには1996と入っていますが、出品名は1998年のワールドカップです。私は出品名のほうを採りました。
出品ページ(Sotheby's) ↗
3位 — リオネル・メッシ/FCバルセロナ 2019-20シーズン
見積もり 60,000〜80,000ドル / 入札額 85,000ドル (手数料込み108,800ドル)/ 入札 59件 / 下限の 1.42倍
2得点2アシストの試合で着た1枚。入札は59件で、このセールの最多タイです。上限の8万ドルも越えて決まりました。
このセールにはメッシの品が5点出ていて、結果はきれいに割れました。上から順に、下限の1.42倍、1.06倍、ちょうど1.00倍、0.85倍、0.62倍。同じ名前でも、1枚ごとに別の値段がつきます。 残りの4枚は6位以下に並べました。
出品ページ(Sotheby's) ↗
4位 — ペレ/1957年ブラジル代表・サイン入り
見積もり 10,000〜15,000ドル / 入札額 14,000ドル (手数料込み17,920ドル)/ 入札 51件 / 下限の 1.40倍
チームメイトだったバルドッキから伝わった1枚で、本人のサインと書き込みが入っています。書き込みは、出品の説明によれば「To my friend a hug from Edson = Pele」。出どころが人づてにたどれる品です。
結果が公開されている48点のうち、ペレの名前がついた品は28点あります。そして結果は、シャツとカードで割れました。 見積もりのあるシャツ2枚は下限を超え、印刷されたカードはほとんどが下限に届かなかった。これはあとで書きます。
出品ページ(Sotheby's) ↗
5位から11位 — 見積もりぎりぎり、あるいは届かなかった品
5位 ペレ/1959年ブラジル代表・サイン入り
見積もり 10,000〜15,000ドル / 入札額 11,000ドル (手数料込み14,080ドル)/ 入札 47件 / 下限の 1.10倍
4位と同じくバルドッキから伝わった1枚で、出品の説明には、1959年のシーズンにペレが着用した、とあります。こちらにも書き込みがあり、出品の説明によればポルトガル語で「Amigo um abraço do Edson = Pelé」。4位の1枚に書かれた言葉と同じ意味です。背中の10番は緑、襟の裏にはリオデジャネイロのメーカー Ceppo の「Superball」のラベルとサイズの「REG」。私はこういう欄から読みます。
見積もりは4位と同じ幅でしたが、こちらは四十七回手が挙がって、下限を1,000ドル超えたところで止まりました。
6位 メッシ/アルゼンチン代表・2021年の南米予選
見積もり 80,000〜100,000ドル / 入札額 85,000ドル (手数料込み108,800ドル)/ 入札 17件 / 下限の 1.06倍
3位の1枚と入札額はまったく同じ85,000ドル です。違うのは見積もりです。ここから下は、値付けの側が強気だった品が並びます。
7位 メッシ/FCバルセロナ 2006年
見積もり 100,000〜150,000ドル / 入札額 100,000ドル (手数料込み128,000ドル)/ 入札 29件 / 下限の 1.00倍
出品名によれば、写真と照合できるメッシのシャツとしては最も古いものだそうです。入札額は見積もりの下限ちょうどで止まりました。 1ドルも上でも下でもありません。
8位 メッシ/2017年のチャンピオンズリーグ「レモンターダ」
見積もり 200,000〜400,000ドル / 入札額 170,000ドル (手数料込み217,600ドル)/ 入札 59件 / 下限の 0.85倍
入札は59件。このセールで最も多く手が挙がった品のひとつです。 それでも見積もりの下限には届きませんでした。届かなかったのは見積もりの側が高かったから、と私は読みます。この順位を人気の順に読み替えると、ここで間違えます。
9位 デビッド・ベッカム/2002年ワールドカップ・イングランド
見積もり 50,000〜70,000ドル / 入札額 40,000ドル (手数料込み51,200ドル)/ 入札 41件 / 下限の 0.80倍
代表50試合目、アシスト1。記録の面では申し分のない1枚ですが、入札は下限の8割で止まりました。私が知りたいのは値段より、この1枚が二十四年のあいだどこに置かれていたか、のほうです。
10位 メッシ/アルゼンチン代表・2022年
見積もり 80,000〜100,000ドル / 入札額 50,000ドル (手数料込み64,000ドル)/ 入札 47件 / 下限の 0.62倍
2得点の試合の1枚です。47件の入札が入って、なお下限の6割。同じ2022年の、同じ選手の品が桁違いの値段で売れた例を、このあとの参考に置きました。同じ年の同じ人でも、1枚ごとに別の値段です。
11位 クリスティアーノ・ロナウド/ユヴェントス 2019年
見積もり 70,000〜90,000ドル / 入札額 35,000ドル (手数料込み44,800ドル)/ 入札 37件 / 下限の 0.50倍
スクデットが決まった試合の1枚で、出品名には「プレミアリーグ・リーガ・セリエAのすべてで優勝した最初の選手」と添えられています。結果は見積もりの下限のちょうど半分 でした。
これは選手の評価の話ではありません。 ある一日に、ある1枚が、ある値付けに対してこうなった、というだけです。私は用具係なので、そこから先へは進みません。
出品ページ(Sotheby's) ↗
この日は、シャツとカードで結果が分かれた
見積もりが公開されている44点のうち、入札額が下限に届いたのは12点だけ で、残りの32点は下限を割りました。そして届かなかった側に、ペレのカードがまとまって入っています。
1958年のルーキーカード(Alifaboliget #635)のPSA 8は、見積もり150,000〜200,000ドルに対して入札額85,000ドル。同じカードのPSA 7は、80,000〜100,000ドルに対して45,000ドル。どちらも下限のおよそ半分 です。いっぽう、同じ人のシャツは、見積もりのある2枚とも下限を超えました。
ここから「カードの相場が下がっている」と書くのは行きすぎです。私が見たのは、一日の、一銘柄の結果だけです。 言えるのは、この日、同じ名前でも布と紙で結果が違った、というところまで。布を畳んできた人間として、少し嬉しかったことは書いておきます。
参考 — 桁の違う3件(ペレ、マラドーナ、メッシ)
順位の話とは別に、参考として置いておきます。桁が違います。
同じセールの最上位はペレが1958年のワールドカップ決勝で着たシャツ 。2得点、ブラジル初優勝の試合です。見積もりは公開されず(要問い合わせ)、入札額400万ドル 、手数料込みで488万ドル 。入札は10件でした。
マラドーナが1986年ワールドカップで着たシャツ は、出品名に「『神の手』と『世紀のゴール』の試合で着用」とあり、2022年5月に締め切られた同じ会社のセールで、手数料込み714万2,500ポンド 。事前の見積もりは400万〜600万ポンドで、発表では「400万ポンド超と見込む」とされていました。 この2026年のセールには、マラドーナのキャプテンマーク も出ています。出品名によれば3試合と一致し、うち1986年の決勝と一致、ラウンド16のウルグアイ戦とも一致するとみられる、とのこと。入札額400,000ドル、手数料込み512,000ドル、入札54件でした。
メッシが2022年ワールドカップで着た6枚 (決勝・準決勝・準々決勝・ラウンド16・グループステージ2試合)を一括にしたものは、2023年12月に手数料込み780万3,000ドル 。開始が500万ドル、最後の入札が650万ドルでした。
ここに並ぶのは、どれも出品名に「試合で着用」とある現物です。値段がついているのは布の枚数より、その証明のほうだと私は読みます。
新品のほうは、はっきり上がっている
ここからが「値上がり」の話です。競りの結果と違って、こちらは日付のついた発表が残っているので、たどれます。
ミズノの「モレリアネオ」シリーズの日本製モデルを、発表のたびに並べるとこうなります。ミズノの発表では、2011年に出て、2026年で15周年になるシリーズです。本体価格(税抜き) で見てください。
2023年7月発売 モレリアネオ IV JAPAN =本体24,000円(税込26,400円)。βは本体28,000円(税込30,800円)
2026年6月発売 モレリアネオ Ⅴ JAPAN =本体27,000円(税込29,700円)。βは本体31,500円(税込34,650円)
三年で3,000円、率にして12.5% 。βも28,000円から31,500円で、同じ12.5%です。ただし、これは「同じ商品が値上げされた」のではなく、「世代が変わって値段が上がった」 です。中身も変わっています。それでも、同じ名前のシューズを世代ごとに買い替えてきた人にとっては、財布から出る額が上がったことに変わりはありません。
選手の名前がついたモデルも並べておきます。2019年4月、ミズノはフェルナンド・トーレス 選手の着用モデルとして「モレリアネオⅡ F9T」を本体23,000円(当時の税込24,840円)で発表しました。2022年7月にはセルヒオ・ラモス 選手が着用するモデルとして「モレリアネオ III SR4 JAPAN」が税込26,950円(本体24,500円)。本体で1,500円、こちらも上がる向きです。 点が二つしかないので、それ以上のことは言いません。
加水分解を遅らせる置き方
値段は動きますが、糊は戻りません。ここまで値段の話をしてきて、私がいちばん言いたかったのは、持っている品を傷ませない置き方 です。
国民生活センターが2015年に公表した相談事例に、こういう説明があります。靴底に使われているウレタンは、空気中の水分や雨水が入ることで分子の結びつきがもろくなり、最後には形を保てなくなる。これが加水分解です。そして、こう続きます。「使用頻度と無関係に起こり、製造時点から始まっている宿命的な変化です」 。履かずにしまっておいた靴が、箱の中で崩れる理由がこれです。同センターは「日本は総じて高温多湿の環境にあり、加水分解が進みやすい」 とも書いています。
試験機関のカケンテストセンターの説明も、同じ方向です。ポリウレタンは空気中の水分などで加水分解して強度が落ちる。「完全に防ぐことは不可能ですが、適切な温湿度で保管するなどで、劣化を遅らせることは可能です」 。同センターは、高温高湿で劣化を早める試験を「ジャングル試験」と呼んでいます。暑くて湿った場所に置くことは、その試験を家でやっているのと同じ です。押し入れの奥、車のトランク、夏場の物置。
年数の目安は、安全靴を扱うミドリ安全が出しています。同社は発泡ポリウレタン底の製品について、長期保管すると使用の度合いにかかわらず劣化して壊れることがあり、劣化の原因には空気中の水分・水・酸・アルカリ・バクテリア・カビが挙げられる、と説明しています。そして「一般的に製造後4年以上保管されていた状態で発生する頻度が上がります」 。同社は、注意書きを箱の内側から外側へ移し、製造年月も書き添える方向で仕様を変えているそうです。作っている側が、箱の外に書く必要があると判断した。 私はこの一行がいちばん重いと思っています。サッカーのスパイクそのものについての説明ではありませんが、同じ素材の話です。
私が用具室でやっていたこと(設定です)
使ったら、その日のうちに水分と汚れを取る。 国民生活センターの助言もこれです。泥は水を抱えたまま乾きません。
風の通るところに置く。 密閉した箱にしまうのは、いちばんやってはいけないことだと思っています。「大事だから箱へ」を、私はいちばん疑います。
暑い場所を避ける。 湿気と熱がそろうと早い。押し入れの奥と車の中は、その両方がそろいます。
久しぶりに履く日は、履く前に見る。 底、縫い、貼り合わせ。同センターも「本格的に使う前には、靴の各部がしっかり機能しているか確かめましょう」と書いています。不安があれば買い替える、とも。
ウレタンは靴だけの話ではない。 同センターは「ウレタンは靴以外に衣料品などにも使われており、剥がれ、ひび割れ、ベタつきなどが起こる」と注意しています。どの製品のどの部分がそうなのかまでは、私には分かりません。表示を見てください。
愛着があるなら、メーカーに聞く。 加水分解を認識して有償で修理している会社もある、と同センターは書いています。「メーカーによっては」ですが、聞く価値はあります。
それで、数えた理由
最初に「理由は最後に書く」と言いました。決勝で着たシャツを「記念に」と箱にしまい込んだ選手がいて、数年後に開けたら襟の裏の芯が粉になっていました(これも設定の話です)。値段のつく品は、たいてい、値段を気にして箱にしまわれます。そして箱は、湿気を抱えます。
この記事の前半で見たとおり、値段は一日で予想の半分にも1.6倍にもなります。動く数字を追いかけても、あまり報われません。 いっぽうで、糊が離れた襟は戻りません。手元にある品は、置き方でまだ変えられます。私が数えたのは、そう言うためです。
この記事の金額・日付は、すべて2026年9月5日に各社の公式ページを開いて書き写したものです。競りの結果は過去の記録なので変わりませんが、新品の値段は変わります。 買う前に、その日の販売ページを見てください。順位はこのサイトの計算によるもので、公式の格付けではありません。
参考にしたページ
サッカーのクラブ・リーグ・協会・放送局・語り手の公式チャンネルは、このサイトのトップ と全チャンネル一覧 から観られます。スタジアムを訪ねる話は試合のない日に行く、世界のスタジアム12 に書きました。